長野県山口村、岐阜県中津川市と越県合併へ!


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2004年12月23日(Thu)
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長野県山口村、岐阜県中津川市と越県合併へ!

田中康夫長野県知事が、山口村の岐阜県中津川市との合併申請について議会提案していなかった問題は、結局議員提案され議会の多数によって可決したことで決着した。
今後、田中知事が国への申請を速やかに行わないなど、例によってしつこく抵抗することが予想されるが、村民の民意によって決められたことを県議会が尊重する結論をだしたという事実を踏まえれば、この合併に反対することは民主主義を踏みにじるものと言わざるを得まい。
この問題では、いつも鋭い切り口で正論を展開する勝谷誠彦氏が、「山口村を長野県議会は岐阜県に売り渡した」と述べるなど、田中知事べったりの活動をしている。
売り渡したというからには、長野県議会が岐阜県から山口村と引き換えに何か対価を得たということになる。事実としたら大変なことだが、何か確証があって言っているのだろうか。
しかも「ある政治家が村や町で過半数を押さえれば自由にその村や町を自分の選挙区の中に持ってこれるようになればどうなるのか」とゲリマンダーとまで言っている。
今回の山口村の選択は大量の住民移住で町をのっとろうとしたオウムの事例などと同列のことではない。もともとの住民自身の選択である。これを否定しては民主主義は成立しないではないか。町や村の過半数を押さえることがどれだけ大変なことか、考えてみるべきだ。それができたとして、自由に操れるかのごときことを言うのは、勝谷氏としては感情的になりすぎているとしか思えない。
山口村は、中山道の馬篭宿で有名な村だが、地形的には道はここから馬篭峠を越えてから木曽川沿いに下っていく。木曽路の入り口なのである。
中津川市という行政界の中になったからとてその伝統が失われるはずはない。岐阜県になったからとて島崎藤村がいなかったことになる訳でもない。
村役場は馬篭ではなく木曽川沿いにあるが、すぐ対岸は岐阜県坂下町と中津川市である。岐阜県坂下町や川上村へは山口村を通る国道19号から行くようなことになっている。
村の生活、経済の実態はすでに岐阜県に大きく依存しており、岐阜県に入ることで例えば村の企業が岐阜県側の公共事業に参入できるなど、村民にとって大きなメリットもあるだろう。
長野県民として寂しい気持ちも当然だが、議会の選択はここまできたら気持ちよく送り出してあげようというものであろう。
勝谷誠彦氏への反論のようになってしまったが、そもそもこの問題は、田中康夫知事が地域の自主的な選択を妨害しようとしていることにある。自分たちの地域の将来は自分たちが決める。山口村の中にも反対論があるのは当然だが、民主主義の手続きによって議論が積み重ねられ、決められたことである。
田中知事らは、長野県の(知事の言葉を借りれば信州の)形が変わることが伝統や文化を破壊するものなのだというような主旨のことを理由としているようだが、そもそも今の都道府県の区域はそんなに長い歴史をもっているのではない。廃藩置県後、若干の変遷があり今の47都道府県となっている。かつての藩が分断されたところもあるし、地形的に無理のある境界もある。国の領土とはそもそも違うのである。知事はたとえ少なくとも、長野に残りたいという県民を護る責務があるということを国が国民を護ることと同列に主張している。同じレベルの話ではないことは明らかであろう。「信州が信濃が、長野県でなくなってしまうことへと繋がりかね」ないとしているが、山口村の住民が長野県への帰属意識より中津川への合併を選択したことについて、長野県民全体が反省すべき点がないか、検証してみるべきではないのか。
県域を変えることになるから村だけで勝手には決めることができないことも当然で、だから県議会での議決を必要とする仕組みになっている。ここで自分の考えと違う結果が出そうだからと言って、議案を提案しないなど、知事の職責を無視して抵抗を試みる知事の態度は、民主的でもなければ法治でもない。知事職はパフォーマンスの舞台ではないのである。